沖縄のガマ・戦跡案内
 
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八重瀬町具志頭で戦没者の遺骨を収集。

八重瀬町具志頭の山林で遺骨収集作業をおこない、戦没者とみられる遺骨1体分が発見されました。付近は沖縄戦時に陣地壕があった場所です。
身元が判明して、遺族のもとにご遺骨をお返しできることを願っています。
 
 

糸満市摩文仁で沖縄戦時の認識票を発見。1名の名前が判明しました。

糸満市摩文仁の丘周辺で遺骨収集作業をおこない、沖縄戦時の日本兵の認識票4枚を発見しました。そのうち1枚には名前が記載されており、三重県出身の戦没者であると思われます。
 
[追記]後日、認識票はご遺族のもとへと返されました。

 
 
【新聞報道】

八重瀬町の壕で戦没者のご遺骨を収集

八重瀬町にある「安里の壕」にて戦没者とみられる遺骨1体分が発見されました。この地を拠点としていた「独立混成第44旅団工兵隊壕」の生存者のご子息からのご連絡により、遺骨収集作業が実施されました。
 
[追記]後日、ご遺骨の身元が判明して、ご遺族のもとへと返されました。
 
 
 
【新聞報道】
 

ヌヌマチガマの手術壕に、白梅学徒の同窓会の方々をご案内しました。

沖縄戦では、沖縄県立第二高等女学校の4年生の生徒たちが「白梅学徒隊」として動員されました。「白梅学徒隊」はヌヌマチガマをはじめ各地で看護活動などをおこないました。
このたびヌヌマチガマの手術壕が新しくきれいに整備されたのにともなって、白梅同窓会の方々をご案内することができました。

植樹祭会場
八重瀬岳の植樹祭会場にて。マイクを握っておられるのは白梅同窓会副会長の武村さんです。

 

ヌヌマチガマ手術壕内にて白梅同窓会の方々と
手術壕内にて記念撮影。写真の左から2番めが松永です。

 

 


手術壕の階段前にて。右から3番めがNPO 法人沖縄鍾乳洞協会の理事長である山内平三郎さんです。

ヌヌマチガマについては、こちらの記事もご覧ください。

NPO法人沖縄鍾乳洞協会の活動を紹介した記事です

 
ヌヌマチガマでの平和学習を実施しているNPO法人沖縄鍾乳洞協会は、沖縄県内各地の鍾乳洞などの調査活動をしています。画像左側は、協会の活動を紹介した新聞記事です。(『琉球新報』2013年10月28日付)
 
以前に沖縄鍾乳洞協会のスタッフが、八重瀬町のフィッシャー群を調査・発見しました。フィッシャーとは岩の割れ目のことで、八重瀬町の「具志頭・多々名城地溝帯」は無数のフィッシャーが連なる全国でも珍しい地形となっています。
今では、密林の中のフィッシャー群を探検できる「熱帯カルストツアー」も試験的に実施しています。
 
オキナワグラフ(2014年1月号)でも、画像右側のように「具志頭・多々名城地溝帯」の特集記事が組まれました。
 
 
 

兵士のご遺族が設置したプレート(糸満市摩文仁)

糸満市摩文仁にあるガマのひとつに、戦死した兵士の名を刻んだプレートがあります。ご遺族が制作されたものと思われます。

 

八重瀬町のガマを調査しました

2015年3月、八重瀬町内にあるガマを調査した時の写真です。

 

糸満市摩文仁での遺骨収集

2015年2月、摩文仁でのガマを調査しました。沖縄戦当時の銃弾・手榴弾・薬品のビンなどが出土しました。

 

 

 

 

 

北部・中部のガマを調査しました

2015年2月、沖縄本島北部・中部のガマを調査した時の写真です。

 

 

 

 

浦添市のガマから出土したバッテリー

2015年1月、浦添市のガマを調査しました。戦時中に使われたとみられるバッテリーの写真です。